谷川俊太郎

なんかすごい。

「広い野原」


広い広い野原だ
よちよち歩いているうちにおとなになった
オンナの名を呼びオンナに名を呼ばれた


いつか野原は尽きると思っていた
その向こうに何かがあると信じていた
そのうちいつの間にか老人になった


耳は聞きたいものだけを聞いている
遠くの雑木林の中にはどっしりした石造りの家
そこにいるひとはもうミイラ・・・・・・でも美しい


広い広い野原だ
夜になれば空いっぱい星がまたたく
まだ死なないのかと思いながら歩いている

「なんでもおまんこ」
なんでもおまんこなんだよ
あっちに見えてるうぶ毛の生えた丘だってそうだよ
やれたらやりてえんだよ
おれ空に背がとどくほどでっかくなれねえかな
すっぱだかの巨人だよ
でもそうなったら空とやっちゃうかもしれねえな
空だって色っぽいよお
晴れてたって曇ってたってぞくぞくするぜ
空なんか抱いたらおれすぐいっちゃうよ
どうにかしてくれよ
そこに咲いてるその花とだってやりてえよ
形があれに似てるなんてそんなせこい話じゃねえよ
花ん中へ入っていきたくってしょうがねえよ
あれだけ入れるんじゃねえよお
ちっこくなってからだごとぐりぐり入っていくんだよお
どこ行くと思う?
わかるはずねえだろそんなこと
蜂がうらやましいよお
ああたまんねえ
風が吹いてくるよお
風とはもうやってるも同然だよ
頼みもしないのにさわってくるんだ
そよそよそよそようまいんだよさわりかたが
女なんかめじゃねえよお
ああもう毛が立っちゃう
どうしてくれるんだよお
おれのからだ
おれの気持ち
溶けてなくなっちゃいそうだよ
おれ地面掘るよ
土の匂いだよ
水もじゅくじゅく湧いてくるよ
おれに土かけてくれよお
草も葉っぱも虫もいっしょくたによお
でもこれじゃまるで死んだみたいだなあ
笑っちゃうよ
おれ死にてえのかなあ

生/性から死への転換!

連作「五行」より


その人の悲しみをどこまで知ることが出来るのだろう
目をそらしても耳をふさいでもその人の悲しみから逃れられないが
それが自分の悲しみではないという事実からもまた逃れることは出来ない
心身の洞穴にひそむ決して馴らすことの出来ない野生の生きもの
悲しみは涙以外の言葉を拒んでうずくまり こっちを窺っている