人の振り見て

電車に乗ったら、三人掛けの座席に隣り合わせに座った男性二人が口論をしていた。いや、口論と言うよりも、40代くらいのスーツの男性が、彼より少し年輩かと思われる野球帽の男性にいちゃもんをつけている感じだった。その一方的ないちゃもんから窺い知る限りでは、野球帽が着座する際、スーツのことをお尻で踏んづけてしまい、すみませんの一言がなかったことがスーツの癪にさわったらしい。
スーツは「すみませんも言えないんですか、あなたは」と詰り、大したことじゃないだろうと野球帽が言うと「いや、大事なことですよ、日本人として」と嘲笑を含んだ態度で煽る。「いい年して、携帯ばっか見て」と、関係ないことまであえて大きな声で、車内の他の人に聞こえるように罵る。
袖振り合うも多生の縁というか、区切りのない座席に座る以上お尻がぶつかり合うのはどうしようもない現象だし、人を小馬鹿にした態度からしてスーツが圧倒的に大人気ない。しかし、すみませんの一言がなかった(らしい)野球帽もマナー違反かな、と思いかけたところ、電車が次の駅に着いた。耐えかねたのか、野球帽は電車を降りていった。その背中に向けて、スーツは最後の捨て台詞を――「なんなんだよ、オヤジ」「キモ」。その瞬間、私の中でスーツの絶対悪が決定した。結局むしゃくしゃをぶつけてただけなんですね、残念です。