建物のカケラ展

昨日文化資源の授業で上野奏楽堂について発表したところ*1,建築物の保存は難しいという話になり,解体される建物のカケラを集め続けている人がいる,と先生が紹介してくださった。そこで早速,母と小金井にいってみた。

江戸東京たてもの園は、1993年(平成5年)3月28日に開園した野外博物館です。
都立小金井公園の中に位置し、敷地面積は約7ヘクタール、園内には江戸時代から昭和初期までの、27棟の復元建造物が建ち並んでいます。当園では、現地保存が不可能な文化的価値の高い歴史的建造物を移築し、復元・保存・展示するとともに、貴重な文化遺産として次代に継承することを目指しています。

だそうです。上記サイトより。
中央線で武蔵小金井まで行き,駅からバスで5分。まず,何もないだだっぴろい空間に圧倒された。どうやら桜の名所らしい。そして何もないままここまでこられたのは,どうも,いまの天皇が皇太子だったその昔に学習院中等科があったことに起因しているようだ。しかし当時の学び舎は焼失してしまったらしく,たぶん皇室文化にとっては重要な建築物が焼失した跡地に歴史的建造物が移築され保存されている,というのはなんとも皮肉であるように感じられた。
先生が紹介してくださったのは,


一木さんというのは本業は歯科医なのだが,こどものころから建物のカケラに深い愛着をもち,収集を続けてきたそうだ。650点を超える展示物はすべて「建物のカケラ」。ものすごく断片的であるにも関わらず,なぜか雄弁に語りかけてくるのが不思議だ。情報量でいえば,たとえば動画コンテンツを保存する方が圧倒的に勝る。しかし,情報量の多寡とひとの記憶を喚起する力というのはまた別次元の問題であるらしい。
展示品にはすべて,その建物が作られた年とカケラが収集された年=建物が壊された年が添えられていて,昭和初期ぐらいまでの建築物はその多くが1980年代ぐらいまでに壊されてしまっていた。つまり,1986年生まれの私には,確実に知らない「日本の都市景観」があるということだ。細部まで意匠を凝らしたカケラを見ていると,そういうビルヂングが立ち並ぶ風景を壊してしまったのは単純にもったいないし残念だと思った。
しかし同時にひねくれ屋である私は,何でもかんでも「保存する」ということには懐疑的であるため,ためらいなく「壊す」を選択できた時代には未来への希望や信頼があったのだろうとも思った。別に,壊れる運命にあるモノはすべて壊れてしまえばいいと言っているわけではない。しかし,文化財の概念がどんどん拡張して何でもかんでも守らねばならないという風潮には疑問を禁じ得ないのだ。現代に生きる私たちは,それほどまでにアイデンティティに飢えていて,そしてそれは過去に求めるほかないのかもしれない。
なんだか暗いまとめになってしまいましたが,展覧会も,たてもの園じたいも,不思議空間ですごく楽しかったです。のんびりしたい方はぜひ。展示は3月1日まで。

*1:東京藝大は最初,奏楽堂を愛知の明治村というところに移築することに決めていたらしい。紆余曲折を経てなんとか上野にとどまることができたのである。結構ドラマがあったそうな